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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)4388号 判決 1973年3月17日

原告 田中治雄

右訴訟代理人弁護士 中島長作

同 中島辰也

被告 飯島建設株式会社

右代表者代表取締役 飯島義郎

右訴訟代理人弁護士 大西保

同 佐藤敦史

同 新井嘉昭

主文

一、被告は原告に対し、金八〇万円およびこれに対する昭和四六年六月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四、この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

「被告は原告に対し、金一六〇万円と、これに対する昭和四六年六月二日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言(但し、訴訟費用の負担を命ずる裁判については、仮執行の宣言を求めない。)

二、被告

主文第一、二項と同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1、原告は、昭和四五年一二月一三日、被告との間で、東京都調布市国領町五丁目二七番所在宅地一一二・三九平方メートルと右地上に新築予定の木造モルタル瓦葺二階建住居建坪延五九・五平方メートル(ガス、水道、浄化槽、水洗設備付)を(一)代金八三五万円、(二)手付金として昭和四五年一二月一四日に一〇万円、同年同月一六日に七〇万円を支払い、残金七五五万円は昭和四六年三月二〇日に支払う、(三)物件は右残金支払日に引渡す、との約束で被告から買受ける契約をした。

2、右契約には、被告が債務不履行をした場合には、原告は、催告なしで契約を解除し、手付金の倍額の返還を請求できる旨の特約があった。

3、原告は、本件売買の仲介者であり被告の代理人であった三越商事株式会社に対し、右契約の手付金として、昭和四五年一二月一四日に一〇万円を、同月一七日に七〇万円を支払った。

4、ところが、原告は、昭和四六年二月一八日頃、右契約の目的である宅地の面積を調査したところ、右土地とその北隣の土地との境界にあったブロック塀が南側に移動されており、右土地の面積が一四・二九平方メートル不足していることが判明した。そこで原告は、被告に対し土地の面積を元どおりにするよう申入れたが、被告はこれに応ぜず、右土地の引渡期日も目前にせまった三月一五日には、履行期までに土地の面積を元どおりにすることが不可能となった。また建物の屋根は瓦葺ではなく亜鉛葺であり、これも履行期までに瓦葺にすることは不可能であった。

5  そこで、原告は被告に対し、昭和四六年三月一七日到達の内容証明郵便をもって、被告の右債務不履行を理由として本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

6  よって、原告は被告に対し、原告が被告に支払った手付金八〇万円の倍額である一六〇万円と、これに対する本件訴状送達の翌日である昭和四六年六月二日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

7、本件売買契約には、万一原告が銀行からの融資を受けられない場合には、本件売買契約を解除し、被告は原告から受領した手付金その他一切を原告に返還する旨の合意があった。したがって、かりに原告に被告が抗弁2、3で主張するような義務違反があり、これによって本件売買契約が解除されたものであったとしても被告は原告に対し手付金八〇万円を返還すべきである。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。但し、建物の屋根は瓦葺ではなく瓦棒葺とする契約であり、また宅地の面積は共用私道の面積も含んでいるものである。

2  請求原因2、3は認める。

3  請求原因4のうち、屋根が瓦棒葺の亜鉛葺であることは認めるが、その余は否認する。

4  請求原因5は認める。ただし、被告は昭和四六年三月二〇日までに本件売買物件を原告に引渡せばよいのであるから、被告が原告から契約解除の通知を受けた時点においては、被告に債務不履行はなく、したがって右解除通知は無効である。

三  抗弁

1  原告主張の契約には、原告が債務不履行をした場合には、被告は催告なしで契約を解除することができ、原告は被告に支払った手付金八〇万円の返還を請求できない旨の特約があった。

2  原告は、本件売買契約において、売買代金のうち四〇〇万円を銀行から借入れて被告に支払うことになっていたので、原告は遅くとも昭和四六年一月二〇日までに、被告の指定する銀行に金四三五万円の定期預金(三ヶ月)をし、所定の借入手続をしなければならないことになっていた。

3  原告は、昭和四五年一二月中に、城南信用金庫高円寺支店に一〇〇万円の定期預金をしただけで残金三三五万円の定期預金をしなかったので、被告は原告に対し、昭和四六年一月三一日到達の内容証明郵便をもって、原告の右債務不履行を理由として右契約を解除する旨の意思表示をした。

4  原告は、本件売買代金の資金を準備することができず、本件売買契約を履行する意思がなかったことは明白である。しかるに、いまさら手付金の倍額の返還を求めることは、自らの債務不履行に目を蔽い他を責めるものであって、許されない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁2は認める。但し、原告が定期預金をすべき期限は、昭和四六年三月二〇日である。

2  抗弁3のうち、被告主張の内容証明郵便に記載された解除の理由が被告主張のような理由であったことは否認し、その余は認める。

五  再抗弁

被告の原告に対する契約解除の意思表示は、原告と被告とが通謀のうえ、原告の兄から原告への融資を急がせるため仮装したものである。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  請求原因1(ただし、建物の屋根を瓦葺とし、宅地の面積は共用私道を含まないで一一二・三九平方メートルとする契約であったとの点を除く。)、2、3、5の各事実ならびに本件建物の屋根が亜鉛葺であることはいずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、本件建物の屋根は瓦葺にする約束であったのに被告は右約束に反し瓦棒葺の家屋を建築したと主張するので、この点について検討する。

≪証拠省略≫によれば、本件売買契約書には、本件建物の表示として「木造モルタル瓦葺弐階建」と記載されていることが認められるが、≪証拠省略≫によれば、被告は本件建物の周辺で土地付建物を建築販売したものであるが、これら建築建物の屋根はすべて瓦棒葺であり、本件建物の屋根も契約当初から瓦棒葺にするつもりであったこと(もっとも原告の注文があれば同価格の見積額で瓦葺にすることも可能であった。)、被告は本件売買契約締結後本件建物の設計図を原告に呈示したが、その設計図によれば、本件建物の屋根はカラートタン瓦棒葺として記載されていたこと、原告は契約当初から本件建物の屋根について特別の指示をしたことはなく、右設計図に対しては何らの異議を述べずにこれに同意したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、本件建物の屋根は瓦棒葺にすることに合意されたものというべきであって、他にこれを瓦葺にする契約であったと認めるに足りる証拠はない。

よって原告の前記主張は失当である。

三  つぎに原告は、本件売買契約の対象になった土地の範囲は、共用道路の負担面積を含まないで一一二・三九平方メートルであり、現在の調布市国領町五丁目二七番の一六および同番の二四に相当すると主張するので、以下この点について検討する。

まず右一一二・三九平方メートルは後記認定のように国領町五丁目二七番のうちの一部の分譲地であるところ、成立に争いのない甲第二号証(売買契約書)によれば、本件売買の対象になった土地は「調布市国領町五の二七宅地一一二・三九平方メートル(私道含)図上五号」と表示されているのみで、右契約書には図面が添付されておらず、また私道を含むといっても、それが後記認定のような専用私道の部分のみを意味するのか、あるいは共用道路の一部をも含む趣旨であるのか疑問を生じる余地がないわけではなく、またかりに共用道路を含むものと解したとしても、その負担面積が不明であるから、右契約書の記載自体からは売買の対象になった土地の範囲を確定することができない。

被告会社代表者は、その本人尋問において、右「一一二・三九平方メートル」は、建物を建築する部分(以下「本地部分」という。)約七五平方メートルと専用私道の面積および右本地部分の面積の二割一分四厘(その具体的算出根拠は不明である。)に相当する共用道路の負担面積を合計したものであり、このことは、本件売買契約を締結したときに原告に対して説明ずみであると供述しているが、かりに売買面積の内容に関する右供述が真実であるとしても、これを原告に対して説明したとの供述はただちに採用することができず、その他本件全証拠によるも、原告が右「一一二・三九平方メートル」の範囲を被告主張のように理解していたものと認めるに足りる証拠はない。

ところで、≪証拠省略≫によれば、被告は調布市国領町五丁目二七番の土地を多数の区画に分割して販売したものであるところ、その際被告において作成した分譲区画図(原告は、これを本件売買契約締結後第三者から入手した。)によれば、現在登記簿上同番の一六および同番の二四(同番の二四は昭和四六年二月に同番の一六から分筆されたものである。)となっている土地は一筆の土地として五号地と表示されており、その面積は約一一六・九二平方メートルであって、共用道路から本地部分に至る巾二メートル、奥行約一〇メートルの専用私道の部分と本地部分とからなっており、原告が、昭和四五年一二月一三日現地に案内されたときには、右五号地の本地部分の北側境界線上にはブロック塀が設置されており、現在の二七番二四に相当する部分は右ブロック塀の南側に位置し、右五号地に含まれていたこと、右現地案内は、本件売買を仲介し被告を代理した訴外三越商事株式会社の森山朝雄が行なったものであるが、同人は、右現地案内の際、売買物件の北側境界線の位置が右ブロック塀の位置よりも南側であることを知っておらず、したがって右ブロック塀が将来後記認定のように南側へ移動されることになっていることを原告に説明しなかったこと、また原告は右現地案内のあと右訴外会社の高円寺支店において、被告会社代表者飯島義郎と本件売買契約を締結したが、飯島はその際原告に対し、売買物件の北側境界線が右ブロック塀の位置よりも南側になることについて説明をしなかったこと(もちろん、前記分譲区画図上の五号地と六号地との境界線が変更になっていることを明示した図面の呈示もなかった。)ことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右事実によれば、前記分譲区画図上五号地と表示されていた土地の面積は本件売買契約書に表示されている面積と大差がなく、また右認定のような事情のもとに本件売買契約を締結した原告としては、右契約書に記載されている土地の表示をもって右分譲区画図上の五号地であると考えるのは当然のことであり、被告会社において、本件売買物件の範囲が右分譲区画図あるいは現況からうかがわれる範囲と異なるものであることについて明確な説明を行なわなかったものである以上、被告会社において、前記一一二・三九平方メートルのなかには前記二七番の二四の土地が含まれていなかったものと主張することは信義則上許されない。

したがって、原告と被告との間においては、右二七番の一六および同番の二四の土地につき売買契約が成立したものというべきである。

しかるに、≪証拠省略≫によれば、被告は昭和四五年九月二八日ごろ前記五号地の本地部分のうち北側の巾約二メートルの部分(一七・七〇平方メートル)を訴外設楽留三郎に売却ずみであったので、昭和四六年二月ごろ右五号地の北側境界線上に設置してあった前記ブロック塀を南側へ約二メートル移動させるとともに、同月一〇日ごろ、右五号地(当時二七番の一六)から右一七・七〇平方メートルの部分を分筆してこれを同番の二四とし、同年四月五日ごろ右訴外人に対してその所有権移転登記を経由したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実ならびに弁論の全趣旨からすれば、被告は、原告から本件売買契約の解除通知を受けた同年三月一七日においては、原告に対し、右二七番の二四の部分について売買契約を履行する意思がなかったことが極めて明白であったことが認められる。したがって、原告のなした本件売買契約の解除は一応有効なものであると解する。

四  被告は、原告のなした右解除以前に被告の方から本件売買契約を解除したと主張するので、以下この点について検討する。

原告が、本件売買契約において、売買代金の資金として四〇〇万円を借入れることとし、被告の指定する銀行に金四三五万円の定期預金をして所定の借入手続をすることになっていたこと、被告が原告に対し昭和四六年一月三一日到達の内容証明郵便をもって契約解除の通知をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

被告は、原告が銀行借入れのための定期預金を約束どおりに行なわなかったので右契約解除の通知をしたと主張するので、この点について検討するに、被告主張の内容証明郵便には、契約解除の理由として原告、被告間の昭和四五年一二月一三日付売買契約書による頭金が未納であるから、これを右内容証明郵便受取後三日以内に支払わなければ、契約を解除することのみが記載されており、一方、成立に争いのない甲第二号証(売買契約書)には、「頭金」という記載はなく、手付金八〇万円の支払時期が昭和四五年一二月一四日と同月一六日、残金七五五万円の支払時期が昭和四六年三月二〇日と記載されていることが認められ、右記載ならびに≪証拠省略≫によれば、右内容証明郵便に記載されている「頭金」とは、手付金八〇万円を意味するものと認められ(る。)≪証拠判断省略≫したがって、被告がその主張するような理由で、本件売買契約の解除通知をしたことを認めることはできない。

なお、原告が手付金八〇万円を昭和四五年一二月一七日までに支払ったことは当事者間に争いがないところであり、右事実ならびに≪証拠省略≫によれば、原告は、本件売買代金の資金調達に苦慮し、その窮状を義兄に示し、同人から何とかして売買代金の資金を調達しようと企て、被告にその旨を打明けて前記売買契約解除の内容証明郵便を発送してもらったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

五  被告は、原告は本件売買代金の資金を準備することができず、本件売買契約を履行する意思がなかったものであるから、手付金の倍額返還を求めることは許されないと主張するので、この点について検討する。

≪証拠省略≫によれば、本件売買の代金額は、契約締結後に原告が申入れた建物の設計変更により九一一万円に増額されたこと、原告は右代金のうち四〇〇万円を銀行から借入れ、その余は自己資金によって支払う計画であったが、原告は昭和四六年一月末日までに、右代金のうち手付金の八〇万円を支払い、融資予定先の城南信用金庫高円寺支店に一〇〇万円の定期預金をしたのみで(この点は当事者間に争いがない。)、その余の資金の捻出に窮していたこと、原告は当初原告が居住していた訴外川西藤平(原告の妻の父親)所有の土地が売却されることになり、その売却代金から四三〇万円位を本件売買代金の資金として貰えるものと思っていたところ、それが思いどおりにいかなかったため、急拠原告の父親等に金策を頼み、昭和四六年二月末日頃に至って一五〇万円位を調達する目途がついたが、それ以上の資金を調達することができず、しかもその間銀行からの借入手続も進行していなかったため、約定の支払期日までに残代金の支払をすることが不可能な状態にあったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

そして、右事実ならびに≪証拠省略≫からすれば、原告が被告に対し、本件売買契約解除の意思表示をしたのは、原告において、銀行から融資を受けるために必要な定期預金の準備をすることができなくなり、本件土地建物の売買をあきらめかけたところ、たまたま被告が前記認定のようにブロック塀を移動させたことを発見したので、これに藉口して本件売買契約の解除をしたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

そして、成立に争いのない甲第二号証(本件売買契約書)によれば、銀行融資が不可能の場合は、売買契約は解除となり、手付金は返還されることになっていることをも考え合わせるならば、原告の本訴請求は、手付金そのものの返還を求める限度でしか、これを肯認することができない。

六  よって、原告の本訴請求は手付金八〇万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であることが明らかである昭和四六年六月二日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから右限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋正)

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